子育ての医学情報

病原性大腸菌O104への備え

ヨーロッパで死者が続出

2011年4月に株式会社フーズ・フォーラスが運営する焼肉チェーン店「焼肉酒家えびす」の富山県と福井県の店舗で、焼肉やユッケを食べた6歳から70歳の24人が食中毒症状を発症し、男児2名と40代と70歳の女性が死亡した事故は、食品管理上の問題があった事件として大々的に報道され、さらに神奈川県の店舗でも7名の食中毒が発生しました。そして、5月2日には、原因は大腸菌O111であると断定されました。
 この事件の報道がなされている最中の5月中旬、今度はドイツ国内で、大腸菌O104による食中毒が報告されました。その後も被害はオーストリア、デンマーク、フランスなど13ヵ国に広がり、6月下旬時点で、死者は38名に達しています。
 さらにフランスでは、6月15日以降、冷凍ハンバーグを食べた子ども7人のO104集団感染、26日には同じイベントに参加した8人のO104集団感染が発生しています。

正常な大腸菌の中に潜む病原性大腸菌

大腸菌は、人間を含め多くの動物の消化器内で消化を支える貴重な細菌ですが、その中に中毒をもたらす病原性(病原)大腸菌が存在します。中毒症状にはさまざまなレベルのものがあり、もっとも重篤な状態を招くのが腸管出血性大腸菌(EHEC)と呼ばれる一連の大腸菌です。
 細菌を分類する場合には、その性質を大きく左右する菌の成分である「抗原」を指標とします。大腸菌の場合、抗原によって3類型に大別されますが、その中にO抗原という抗原をもつO抗原型があります。そしてO抗原型は01から180までの種類の大腸菌が分類されます。O抗原型がすべて中毒をもたらすわけではなく、それぞれの大腸菌に正常なものと病原性大腸菌があります。病原性大腸菌の代表例が、1996年に患者数1万4488名、死者8名という大きな被害がもたらしたO157であり、O111やO26もしばしば食中毒の原因となります。
国立感染症研究所は、食中毒と断定できないものを含めた腸管出血性大腸菌(EHEC)の感染者総数は年間3000〜4000に達しており、2008年の感染者の内訳は、65%がO157、24%がO26、4%がO111だったと発表しています。

ベロ毒素によって大腸炎、脳症などを発症

腸管出血性大腸菌(EHEC)が健康被害をもたらすのは、大腸菌が産生するベロ毒素という毒素によるものです。EHEC感染後3〜8日の潜伏期間後に感染者の約半数が出血性大腸炎となり、さらに3〜7日後に10〜30%の確率で溶血性尿毒症症候群(HUS)が発症します。HUSでは急性腎不全が見られ、さらにHUSを起こした人の20〜30%は脳症を併発します。この脳症が、死をもたらす主たる要因で、脳症となった人の約10〜20%が死に至るとされます。大腸炎→尿毒症→急性腎不全→脳症→死亡という道筋であり、感染者の致死率は100人に1人から1000人に1人とかなりの高率です。そしてこのすべてがベロ毒素を原因とします。
 細菌やウイルスは、ある一定量が体内に入らないと感染は成立しませんが、EHECの場合、1g当り50個程度の低密度でも人に感染するので、二次感染を引き起こしやすく、大量の集団感染を引き起こすことが多いのも特徴です。またEHECは、酸に強く、胃酸のような強酸性の環境で生き延びる性質をもっているのも厄介です。

突然変異によって強毒化したO104

ヨーロッパで猛威を振るうO104も病原性大腸菌ですが、これまでO104が人類の敵としては注目されたことはありませんでした。
 O104が初めて発見されたのは1994年。アメリカのモンタナ州でした。牛乳による18人の集団食中毒が起き、その原因としてO104が特定されたのです。ただし、感染者の症状は軽く、溶血性尿毒症症候群(HUS)の発症者はありませんでした。
 そのO104が「凶暴化」した要因は、突然変異にあると考えられます。
 中国の公的研究機関・北京ゲノム研究所がO104を解析したところ、ストレプトマイシン系など抗生物質に強い耐性を示すことがわかったと発表しました。人の周囲で静かに生息していたO104が、抗生物質にさらされ、突然変異を起こし、HUSをもたらす能力を獲得してしまったと考えられます。
 ヨーロッパでの感染者には、明確な偏りがあります。確認されている感染者のなんと3分の2が、18歳以上の女性なのです。この偏りの原因はまったくわかっていません。単なる自然界における突然変異の可能性は高いのですが、研究機関での研究材料だったものが、研究室から外部に漏れ出したということも考えられます。そして最悪の想像をすれば、生物兵器的な存在としてO104が強毒化されたという可能性もあります。

O104がいても感染しない知恵が必要

現在、104の感染源としては、さまざまな食品が“容疑者”とされながら、その実態はわかっていません。1996年の日本でのO157騒動でもカイワレが“容疑者”にされながら、結局、真犯人はわからずじまいでした。この事実からも病原性大腸菌の感染ルートの把握は、想像以上に難しいことがわかります。
 感染ルートすらわかっていないということは、今後の推移はまったく予測できないことを意味します。世界中で人々が行き来しているわけですから、国単位で感染をシャットアウトすることは不可能でしょう。日本でも病原性O104の感染者が出る可能性は高いといえます。
 病原性O104のヨーロッパでの感染状況を見ると、他の腸管出血性大腸菌(EHEC)同様に、乳幼児など年齢の低い子どもが感染すると、症状が重くなる傾向があります。これに加えて、18歳以上の女性の感染例が圧倒的に多いということは、お母さんと小さな子どもの感染には、特に注意が必要といえます。
 たとえ病原性O104が身の回りにあっても、これに感染しない知恵がぜひとも必要なのです。

ポイントは加熱と洗浄、そして食物繊維

よく加熱・洗った野菜を食べる 腸管出血性大腸菌(EHEC)が存在する可能性がもっとも高いのは、牛などの反芻動物の消化器内とされます。そして牛などの糞便に存在するEHECが、野菜などの他の農作物に付着して移動することも考えられます。
 その意味で、O111の例と同様に、O104の感染予防としても、牛肉などを生で食べるのは好ましくありません。
 幸いにして、EHECは熱には弱く、75℃の温度で1分間以上加熱すれば死滅します。バーベキューなどを行う場合、厚い肉は内部まで火が通っていない場合が多いので、火の通りを確認することが望ましいでしょう。
 また野菜を除菌するには、100℃の湯に5秒間程度くぐらせる、つまり湯がけばよいとされます。ただし、ほうれん草や小松菜、レタスなどの葉菜類は、その表面を水道水でよく洗えば、感染の心配はありません。
 そして、肉類ばかりの食事ではなく、野菜などで十分な食物繊維をとることは、大腸内を有用大腸菌で満たすことにつながります。EHEC は健全な大腸菌にとっても好ましい存在ではなく、逆に健全な大腸菌が優勢の大腸内は、EHECが出血性大腸炎を引き起こすのが難しい環境となります。このように食生活に配慮して、たとえEHECが侵入しても、発症につながらない身体をつくることも重要な予防策です。

記事ナンバー290/2011.7.8より掲載
文・恵志泰成 監修・中原英臣 イラスト・山本正子